懲役40年に近づいてく

懲役40年

今日は朝からバイトがあったんですよね。

朝の7時に起きて、夕方の17時30分に終わって家に着くのは18時…自分のところは人手不足でそこそこ残業が多いんですよね。
家に帰ってもクタクタで何かやりたいって思っても、まず自分の体を休めるんですよね~。何かをするにも体力って要りますから、帰宅早々疲れてては何もできません。

以前は何かやるならゲーム一択だったんですけど、今は読書,興味のある資格の勉強,ブログやその他の書き物等々と昔の自分と比べて大分増えました。もちろん、ゲームもしたいですよ。でも、できないんですよ・・。さっきも言った通り、疲れてるから・・。

つまり、やりたいと思っても少しは休憩に時間を使ってしまうっていうことですよね。バイト如きで疲れるっていうのは甘すぎますけど、社会人になったらもっと自分の使える自由な時間が減っていくのは確実で、そう考えると本当に萎えます。自分は電工の資格を取得し、もうすぐ就職活動も予定していますので社会人に近づいてくって改めて感じました。

 

懲役40年という表現

この表現、twitterで一時的に話題になったのを自分は覚えています。
社会人になれば、定年退職までずーっと働き続けないといけませんよね。40年間も毎日汗水垂らしながら働くわけですよ・・人生の約半分を労働に使わないといけなく、その時間を懲役という表現で揶揄しているんでしょうね。会社=刑務所も同じことですね。

まぁーこの表現は自分は的確とは思ったんですけど、やっぱり中には甘すぎる,嫌なら辞めればいいという人もいたんですよ。

でも、こういう反対意見を述べる人たちは何でこういう表現が若者の間に生まれてしまったのかを考えたことはないのかなと。今のようなネットが発達した時代では様々な情報が得られ、そしてそれはすぐに広がっていきます。だって、自分のような社会にでたことがない人間でも、日本の悪い社会の一部を知ることができるんですよ。

  • 長時間残業
  • サービス残業
  • 過労死
  • パワハラ
  • うつ病
  • 自殺
  • 有給が取れない
  • 休日出勤
  • 上司が残っていると帰れない

自分が見た中では上記のようなワードをネットでは嫌というほどみてきました。おそらく、社会に出るであろう若者もこういうワードをみてきています。じゃないと、懲役という表現は生まれてこないはずです。

これを見て、働くことに対して希望はもてるか? 働きたいか?って言われたら持てないし、絶望しかないですし働きたくないです。もちろん良い部分もあるんでしょうが、秤にかけると悪い部分が多すぎて、それを乗せた瞬間に重すぎて良い部分が吹っ飛んで悪いものにしか目にいかないんじゃないかと思います。だからと言って、嫌なら辞めればいいという発言も相手の開き直りレベルの的外れな発言だと思いますね。

人間が生きていくために必要な衣食住というのはお金があって成り立つもので、お金がないと生きていけませんし、ほとんどの人達は仕事をしてお金を稼がないといけなく、その仕事を嫌だから辞めれる簡単な社会であれば、みんな辞めてます。

もし、宝くじで10億が当たればその次の日に嫌だから辞めますって自分なら辞表を出すんですけどね。やっぱり厳しい社会を生き抜くには、仕方なしに嫌でも働いてる人は多いんじゃないかと。周りの先輩たちはそうでした。正直、自分も生存本能に従う感じで、これから就職活動をし、就職ができれば40年間ずっと働き続けるでしょう・・。

今と昔の生活の差

懲役40年だろうと社会の奴隷だと言おうが、自分がこれから生きていくには働くしかありませんから文句は言いつつも働かないといけないのは分かってるので働きます。働きたくない理由って日本の労働環境も関係しているんでしょうけど、もう一つ娯楽の多さだと思うんですよね。

昔と違って今は娯楽という娯楽が溢れていて、簡単に旅行もできれば美味しいお店を調べれて食事もできる、ゲームはもちろんのこと、家でショッピングなど色々できますから正直、まだまだ遊び足りないって人は絶対いるでしょうね~。

赤ちゃんや幼稚園、小学生の頃は娯楽の幅は狭いとうことで省略しますが、自分の頃は中学生のときにはカラオケに行く人もいてそこから高校大学へと親の目など関係なしに自分でできることが多くなり、幅が広がっていきました。13歳の中学生くらいから22歳の大学を卒業して社会人になるまでの9年間の過ごし方は昔の人たちと今の時代の人たちは全然違うと思います。

娯楽の他にも生活面も変わってきていて、やっぱり昔のように苦労をしながら生きていくということが少ないでしょうね。そして、過ごしてきたその差が今と昔では違っていてそれが原因で分かり合えないってのもあると思います。自分はまだ印象に残っている過労死・過労自殺のニュースがありまして、1年くらい前に電通の若い女性社員が過労の末に自殺してしまいました。

当時、RTしてましたけどやっぱり印象に残るだけはあるな~って。ヤフーニュースやまとめブログでも持ち上げられていてそこでは匿名で誰でもコメントできるんですけど、その中には「こんなので死ぬのは甘い」とか「残業如きで自殺するならこの先やっていけない」だの「俺はこれの倍は働いている」という謎の自虐自慢等、死者になお石を投げるような侮辱する言葉がちらほら並んでいました。

こういう人たちの年齢や普段なにをしているのかすら分かりませんが、自分は勝手に昔の世代の人間で今でいう中年辺りの社会人だと思っています。最近の若いもんは~~😡と言っているような人たちなんじゃないかな~と。苦労を昔でいっぱいしているからこそ、今のこの娯楽と便利で溢れた甘い世界で根を上げている若者に喝をいれているような感じであって、社会人になることを懲役40年という表現に揶揄しているのに対しても否定するような意見があるんじゃないかと思っています。

このように最近ふと考えるときがあるんですよね。昔は早く働きたいと思ってた時期もあったのに・・とか、なんでこうも過労死・過労自殺のニュースがあると非情な意見もあるんだろうか・・って。

で、今思うことは社会人になる前にやりたいことは一通りやっておいた方がいいな、ですかね。自分の使える時間が減るんであればその前に後悔が残らないまでやりたいことはやっておけってことです。やり残したまま働くのとそうでないのとでは仕事に対しての取り組み方が自分の場合はバイトを通して違ってくるって実感しました。やっぱり前者だと、仕事に集中できなかったんですよね。そうなった状態で働き続けると懲役40年というネガティブな方向へとさらに助長していくんじゃないかなと感じます。

自分はやりたいものが今あるのでおそらく、満足がいくまでやるでしょうし、それが社会人の世界に入る一歩が遅れてもです。社会人に近づいてく中、やっておいてよかったと思えるような過ごし方をしていきたいなと改めて思いましたね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA