ブログという趣味が増えてよかったと

ブログという趣味
(A)
日々思ったことや感じたことを書いてみたい。
B
自分に関することや何か伝えられる情報を記録,発信してみたい。

ブログを始める人って最初は皆こう思うんですかね。自分はそういう感じだったんですけれども、ブログを趣味にするっていうのは良いなって思いました。
今までゲームが趣味だった自分に最近、ブログと読書ができましたがゲームとは違い、どちらも以前より有意義な時間を過ごせてマシになっています。

ゲームだけが趣味だった自分はやばい?

1つの趣味に集中するのは悪くはないと思います。ただ、自分の場合は趣味が生きる上で一番の土台になってしまっていてその趣味が楽しくなくなった時に何もやる気が起こらなかったり,ぼんやりとただ何もしなかったり,これから何して生きていくの?とまぁ、ネガティブな感情という名の沼に浸りきってました。かなり雑ですが、学生時代の数年間の過ごし方を円グラフにしました。

趣味でゲームばかりの時

 

 

 

なん・・だと・・

 

 

 

 

いや、まぁ実際はこんなに酷くはなかったとは思うんですけれども、休日は基本的にゲームでテスト期間に近づくと少し勉強し、友人からも連絡がくれば絡む程度でしたね。
もちろん引き篭もりというわけではなく外出もしていましたよ・・!でも、記憶に残ってるのだけを表すと大体こんな感じかなと。

一方、上記の友人の趣味はゲームもしていましたが他にバイクやギターもしており、飲食店でバイトもしつつ交流関係も広かったこともあり、会うたびにこの前は〇〇に行った~とか友達の紹介でイベントの会に参加して色々な人と話をしたと語っていましたね。彼には彼女もおり、確実に上のようなグラフの過ごし方はしていないことが分かりますね~~。彼の休日などの自由な時間の過ごし方を正確に分かるかと言われれば分かりませんが、自分とは大きな違いが2つあります。

  • 趣味が1つではなくいくつかある。(彼の場合、ゲーム,バイク,ギター)
  • その趣味に使う時間が多すぎない(バイトや友人や彼女と過ごす時間もある)

うん、彼の時間の使い方を知らなくても大体は分かりますよね。自分のやっていたゲームのサービスが終了したり、先ほどのようにそのゲームが楽しくなくなった時にそのぽっかりと空いた時間をどう過ごすのか。この空いた時間が大きければ大きいほど、自分には何もないんだという虚無感に支配されました。ゲームをしているときの楽しいという感情や上手くいった際の達成感などで周りが見えてなかったんですよね。

まさに書くとするなら、圧倒的・・至福っ!嬉しい・・楽しい・・モニターを眺め何時間も過ごすその姿はまるで、水を得てオアシスで癒される愚鈍そのものっ・・!あるわけがない・・っ!その至福・・ただの依存っ!無くなれば・・気づくオアシスというまやかしに釣られてただ歩いていただけ・・!周りは何もないただの砂漠・・圧倒的絶望っ・・!後は干からびて死を待つだけ・・・っ!!

その時の楽しいという感情で異常にやり続けた結果、楽しくなくなった瞬間に自分にもその周りにも何もない愚かな状態と気づく・・そういうようなカイジのナレーションが流れてきそうですね。

 

じゃあ、趣味は増やした方がいいのか

と言うと、最初辺りで書いたように趣味は1つでも問題ないとは思いますが、過去の自分のようにその趣味を生活の大部分を占めるくらいにやるのは良くないと思っています。もし今そういう人がいればそうならない為にも友人のように1つではなく、いくつか趣味を増やしたり趣味以外にも時間を費やせるようにする。この2つは大事なんじゃないかと思います。

そして自分のようなゲームが趣味の場合は飽きたなら次探せばいいという意見もあるでしょうが、高校→大学と年を重ねていくにつれてやっぱり昔のようにガッツリやり込むなんて無理であって社会人になればなおさらなんですよね・・。だから、自分は読書とブログを趣味にしました。以前から少し興味があったので始めてみたところ、一番最初に本格的に書いたこの記事とは違って今は字を大きくしたり、色や装飾をつけたりと随分変わり、自分が自分の手で何かを作っているというのを実感するとやっぱり楽しいですね。ここまでするのに調べた時間は少なくはなかったのですが、とても有意義でゲームでイライラしてつまらなくなってたときを思うと馬鹿馬鹿しいくらいです・・。今やっている趣味がつまらなくなったら他の趣味をする、探す。またはそれ以外に過ごせる時間を作る。何もしないという時間はあってもいいけれどありすぎるのはいけない。今更ですが改めて思いました。

 

 

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